コンテンツ頼みだけだと苦戦する理由

コンテンツ。

大事なものであり、ブラッシュアップを続けなくてはいけないものである。

店舗、展示品、技術、品質、商品、サービス、HP、チラシ、DM、、どれもがそういう宿命があるというか。


なので、企業(店舗)のリソースはここへ集中投下され、クオリティや使い勝手、諸々にも並々ならぬ努力をする。


今も昔も変わらない姿である。

一方、コンテンツの効果が薄まりつつあるのが、今だ。

なんせ膨大なコンテンツ量がゆえ、生活者(お客さん)はその全てを目にすることはない。


また、各々の違いを見出すことも難しい。その業界なら、そういうモノ、形、姿、ノリになるというか。どこも高いクオリティというか。なので、そこにある価値、そこにしかない魅力を見出すことも容易くはないわけだ。


ふむ。費用対効果が悪い。企業リソースの無駄遣いにもなる。


なので、ステマの横行や過激なキャッチ、タイトルを使い目を引くという反則的な策が生まれたりもするのだが、大した意味を持つことはない。ごく一時的な効果であったり、全く効果がなかったりするわけで。いや、ステマなんかはモラルに反するわけだが。


コンテンツではなく、人が中心

コンテンツとは従来のマスマーケティングとの相関が強い。けれども、いまの世はどうもこの構図に合わなくなってきている。


大局的に言えば、コンテンツが中心ではなく、人が中心という風に。この人が勧めているから見てみる、的な。あの人がいるお店で買いたい、的な。


数いる営業(販売)マンに対しても、そういう心理は働きやすいだろう。担当はこの人がいいな、的に。


なので、社内格差が大きく開く営業(販売)現場も珍しくないのだよね。中間的な成績が薄く、上下に偏る傾向が多かったりと。


ようするに、関係性がある人の影響を受けてコンテンツに辿り着くという構図とも表せるだろう。


ふむ。商売の原点回帰的でもあるわけだが、生活者(お客さん)と、どういう関係性を、どう築いていくか。ますます加速度が増すテーマであると思う次第である。


さ。明日も頑張ろう。全速力で。