幸せとは何だろう。少なくとも、その人がそう思えれば良いのだろう

5月。ハジマリの歌は『ぼくらのゆめ/いきものがかり』

さて、幸せとは何だろう論を見かけることがある。

中には『幸せにならなきゃいけない論、見つけたい論』もあったりするが、そもそも幸せってなんだろう?なのだから、どこか雲を掴むような話でもある。

幸せとは何だろう。

いや、そう思えるのなら、なんだって良い話なのだろうな。きっと。


そういう前提だけれど、個人的には探し求めるものではないような気がしている。『自分探しの旅』と似た感じで。というのは、行っても見つからないわけで。探すも何も、いまここにいる自分が本当なわけで。


叶えた願い事もそれほど単純ではない場合もありそうだ。叶ったがゆえにというか。


ふむ。そう考えてみると、いまこの足元、日常にありそうな気がしてくる次第だ。想い合える相手と心穏やかに過ごす日常もそうだろうし、来週の楽しみな予定もそうだろうしで。なので、近視眼的なことが大事だったりするのではないかと。


また、使う言葉との因果関係も強そうだ。汚い言葉を口にしてばかりじゃ天に唾を吐くのと同じというか。

さ、GW真っ只中だ。クライアント先へ赴く日々、そして、ご依頼頂いている原稿のいくつかを必死に仕上げる日々が続きそうだが、励もう。楽しく全速力で。