仕事はどこまでやるべきか?論。割に合うラインと見返り求める系

リブート中。アイツが起動中だ。

四十肩という厄介者のことだけれど、めっぽう痛い。いや、頸椎がよろしくないことがわかったのだけれど、我ながらやれやれだ。


どうやら身体を冷やすのが良くないらしいのだけれど、初夏の気配漂うこの頃。どうも冷房恐怖症気味だ。カーディガンやジャケット、必需品だよね。


仕事の合間、クライアント先のスタッフさんとコーヒーを片手に雑談をしていたのだけれど、店外の座席へ。お互い冷え性ということで。

さて、この雑談の最中、「あれ?どっかで」というシーンと重なった。

一瞬、既視感か?と、間違えそうになったのだけれど、いや違う。確かにあった。


それはサラリーマン時代、同期の一人がよく口にし、ボクらが度々繰り広げたシーンだったのだ。(入社3年目ぐらいまで)


彼の言う趣旨は、おおむねこうだ。

「仕事っていうのはさ、やろうと思えばいくらでもできんだよな。どの辺りが割に合うんだろうな?佐藤、お前はどう思う?」と。


その彼とは妙にウマが合い、毎週のように銀座界隈の居酒屋チェーン店へ飲みに行っていた。その帰りにはウチへ泊まりに来たりして。(翌朝は一緒に仲良く出社)


そういう数多の機会の中、この「仕事はどこまでやるべきか?論」に花が咲き、若かりしボクらは割に合う妥当なラインを知りたがったわけである。加山雄三ではないが、意識高きフレッシュマンという、いかにものノリで。

ふむ。いま、彼と同じ話をしたら何と応えるだろうか。そうも頭を駆け巡ったのだけれど、いつの頃からだろう、「割に合う」という考え方は嫌いになった。何に関しても。まるで見返り求める系みたいで。


「仕事はどこまでやるべきか?論」にしてもそうで、寄せられた期待以上で応えることが勤めであると思う。個人的には。


ようするに、そういう結果が出せるまでトコトンやる。それしかないのではないかと。


さらに、その期待とは時に進化をし、カメレオン的になったりもするものだから、この論自体がどこかナンセンスなような気もするわけである。


やや余談的だが、彼は横国卒で文字通り優秀だった。仕事にも情熱的で真面目な男でもあった。

とはいえ、抜群の社交性で誰とでも瞬間接着剤級に仲良くなれるという、ボクには真似できない能力も兼ね備えていた。「どうやったら、そう振る舞えるのか?」と、当時は何だか羨ましくも思ったものである。


彼はいま小学校の教師をしている。東京、調布辺りの。良き先生なのだろうな。きっと。すでに「熱中時代」の北野広大超えを果たしていそうだ。


はて。再会の時、彼は何と言うのだろう。あのフレッシュマン時代の問いに。そのリブートは次の楽しみにしておこう。