個性(自分)を出すなんて、簡単なのだ

個性。

この出し方に関するご依頼を頂くことが多い。


そんなの簡単なのでは?と、意外に思われるかもしれないが、執筆、営業(販売)研修や会議と。いや、昨日も京都での営業研修でお話させて頂いたのだが。


ここにある背景は、周知の通り。

『溢れかえる情報量の中、個性を出さなきゃ生活者から認識されない』。『業界内で生き残れない』というような。


ふむ。格差社会的な。


それゆえ、『個性(自分)を出せ!論』が数多だけれど、言い換えれば、『みんなで良くなろう』という旧来の思想、いや、全体主義的なノリは通用しない世なのだよね。

業界全体が右肩下がりなのだから、みんなと同じじゃダメだろ的な。少子高齢化により消費者数が減り続けるのだぞ的な。

なので『一億総活躍プラン』も国民に不評なのだと思う。おいおい、と。

話がやや拡張した。戻そう。


さて、『個性の出し方が分からない』とは、何だか不思議にも思う時がある。その人ごとに個性があるのだからと。企業、店舗にしてもそうで、確かな理念があるわけで。


なので、ご依頼頂く研修や会議ではスタッフの方々との対話をし進めていくのだが、どうも業界の風習や自社文化に合わせようとする傾向が見てとれる。『こういう風にしなくちゃいけない』というような。


ようするに、業界や自社組織という領域から外れることに抵抗を感じてしまうのだろう。『こんなことしたら、笑われるんじゃないか』的な。『そんなことしてるから結果が出ないんだよ。とディスられる』的な。はたまた、『なんかウチっぽくないぞ』的に。


なので、無難に、と。

とにかく領域外にはみ出さないように、と。


ふむ。ここにある文脈は、同じ日本人として分かるような気がする。

『個性的になれ!』とは言うが、出したら小言を言われかねないというか。何をしても、いちいちケチを付けられるというか。

(そう言う声の主との『好みや感性、価値観の違い』というケースも多いのだが)


これでは誰だって嫌になってしまうわけで、無難至上主義的なバイアスが強化されていくのだろう。(『個性の出し方なんて、習ったことがない』という台詞を聞くケースもあるけれど)


では、個性の出し方だが、この4つを柱にすると、あなた色が全面に滲み出やすい。そう伝わりやすい。


1.自分なりの情報分析

2.自分らしいコンテクスト(文脈・背景・状況)

3.自分の体験

4.自分が好きなもの、得意なこと


ようするに、自分というフィルターを通すのだが、いずれもあなたの思考回路を経た言葉や文章が生まれる。いや、あなたにしか創れないといった方が正しいだろう。


たとえば、『豊かさ』というものは曖昧極まりないが、上記1~4を組み合わせ、編集すると、あなたの思想、哲学、価値観等が込められたものが現れるだろう。


すれば、『私の仕事は人々に豊かさを提供している』という時、その根拠はあなたにしかないものであるはずだし、そこには確かな個性があるはずだ。(余談的だが、それに同調、共感してくれる人が、あなたのお客さんになりやすい)


さらに付け加えれば、ここでいうフィルターとは、正しい、間違いは関係ないので存分にやって大丈夫だ。(ただし、倫理や一般常識から外れるものは避けるべき)


人は個性がある所に集まる習性がある。類は友を呼ぶ現象だが、言い換えれば、無個性では埋没してしまう。業界に右へ倣えも同じことだけれど、どうしても、ね。


そうそう。個性を出そうとすると、どうもお茶らけてしまう。普段使わない言葉遣いをしてみたり、軽いノリを演じてしまう。という声もかなり挙がるのだが、そこは等身大の自分で。


さ。締切厳守。明日は原稿を頑張る。全速力で。